スタートアップに関してはベンチャー企業との違いなど、いろいろな表現・定義がありますが、ここでは「主にエンジェル投資家や、ベンチャーキャピタルの支援を受けながら、短期間で急成長してIPOやM&Aを目指す企業のこと」と定義したいと思います。もちろん、投資を受けないでIPOまで行くケースもあれば、コーポレートベンチャーキャピタルからの出資を受けてM&Aまでたどり着く場合もあるなど、個別の事案は多岐にわたります。
全体像としては、個人で資金を提供するエンジェル投資家やベンチャーキャピタルがステークホルダーとしてスタートアップを支えており、日本ではIPOもしくはM&Aによるキャピタルゲインがこれら関係者のインセンティブとなっています。2021年現在、米国ではSPACやダイレクトリスティングと呼ばれる手法も注目されることが多くなってきました。
なお、こうした点において日本と海外では違いがあり、米国ではセカンダリーマーケットといった形でIPOやM&A前にキャピタルゲインを得る方法も存在します。市場としては米国、中国が大きく、日本でもここ数年でスタートアップの市場は大きく成長してきています。
スタートアップが中小零細企業と異なるのは、企業価値の算定の仕方が純資産法と呼ばれる現在の価値ではなく、大枠で捉えると、未来の価値から現在を推し量るディスカウントキャッシュフロー法を中心とした企業価値算定が中心となることが多い点にあると感じます。
ファイナンス手法としては、銀行をはじめとした金融機関からの借入を中心としたデットファイナンスではなく、将来見込める価値から現在の価値を換算したエンジェル投資家やベンチャーキャピタルを中心としたエクイティファイナンスと呼ばれる手法を採用することが多くなります。もちろん、その両者を併用したデットファイナンスとエクイティファイナンスの組み合わせによるスキームも存在します。
2020年のスタートアップの資金調達額は、日本では2019年の7,010億円に対して多少減少しているとはいえ、2020年においても累計資金調達額は約6,800億円の規模があります(※2020年の累計資金調達額に関しては参照先により多少数字が前後しますが、ここでは「STARTUP DB」の数値を参照しています)。
なお、世界的に見てスタートアップの中心地といえる地域はシリコンバレーをはじめとした米国であり、ベイエリアを中心にニューヨークやテキサスでもスタートアップはその存在感を示しています。AirbnbやSlack、Clubhouseなど、短期間で急成長するスタートアップは新しい産業を次々と生み出しています。北米においては、コロナ禍においても投資は上昇を続けています。
ちなみに、アメリカや日本だけでなく、ヨーロッパにおけるスタートアップへの投資トレンドもここ数年で上昇しています。ドイツやフランスでは、自国へのスタートアップの誘致に積極的であるだけでなく、日本のスタートアップにも声をかけるケースもみられます。
さらには、2011年以降のグローバル全体でのスタートアップへの投資トレンドをふまえると、スタートアップのマーケットはこの10年で世界的にも大きく成長しているといえると思います。
次に、スタートアップを取り巻くお金の流れについて。代表的なお金の流れにおいては、スタートアップはベンチャーキャピタルからの資金調達を中心にバリュエーションを上げていくことになりますが、そのベンチャーキャピタルもLimitedPartner(有限責任組合員/以下LP)から出資を集めて、その資金をスタートアップに投資する、という構造となっています。
LPは機関投資家を中心としたロングスパンでの運用スタンスが多く、そこから出資された資金をベンチャーキャピタルはスタートアップに出資する、という構造となっています。構造的に、いわばヒットではなくホームランを狙う必要があり、そうした背景からしても、スタートアップは短期間で急成長を求められることが多くなります。それ以外にも、コーポレートベンチャーキャピタルからの出資や、エンジェル投資家からの出資といったケースもあります。
スタートアップのエクイティファイナンスの資金調達が銀行融資と違うのは、連帯保証人や不動産を担保とした借入ではなく、第三者割当増資であり、連帯保証人や不動産といった担保は不要な点です。株式で対応することにより、担保となる不動産を持たない起業家でも資金を調達することが可能となります。私は元々、都市銀行で法人融資を担当していましたが、エクイティファイナンスの手法は起業家にとっては非常に資金調達のしやすいスキームだと感じます。もちろん、両者それぞれにPros Cons(長所短所)があり、一概にエクイティファイナンスが優れているという訳ではありませんので注意が必要です。
近年は資金調達環境の変化に伴い、スタートアップにおけるキャピタルゲインによるリターンのタイミングも変化が発生してきていると感じます。日本でも100億円を超えるような大型資金調達が未上場でもできるようになってきている一方、起業家側も必ずしもIPOを早期に実施しなくても、じっくり力を付けてから上場を狙う、といった戦略も出てきていると感じます。日本でも上場前にじっくりと力を付けてから上場するスタートアップも出てきています。
スタートアップ出身者はさまざまなバックグラウンドを持っていますが、デザイナー出身のスタートアップが近年注目されてきていると感じます。創業者にブライアン・チェスキー(Brian Chesky)とジョー・ゲビア(Joe Gebbia)がいるAirbnbや、同じく創業者にチャド・ハーレー(Chad Hurley)がいるYouTubeなどはその代表格でしょう。この点に関しては、日本ではデザイナーが創業者のスタートアップはまだまだ数が少ない状況です。
経営層におけるCXO人材(COO、CFO、CMOなど)においても、デザインを統括するポジションであるCDO(Chief Design Officer/最高デザイン責任者)は、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルにおいてもまだ認知・理解ともに不十分な状態といえるかもしれません。
ベンチャーキャピタルからの資金調達においてはCXOクラスの採用が重要な要素となる場合がありますが、そうした際にCDOの採用が資金調達に直結するようになってくると、よりスタートアップにおけるデザインの重要性が認知・理解されていくのではないかと思います。
比較的歴史の浅いスタートアップの世界ですが、この数年で急激に成熟度を増しており、特に投資サイドである米国のベンチャーキャピタルはその体制を変革してきていると感じます。具体的には、これまでの出資を中心としたスタイルから、出資に加えたバリューアップのスタイルへの変化です。
海外ではベイエリアを中心に、デザインから人的資源(HR/Human Resources)まで幅広くハンズオンでサポートするベンチャーキャピタルが増え、それに伴い日本でもハンズオンでのバリューアップに力を注ぐスタートアップが出てきていると感じます。今後もこの流れは加速していくことでしょう。
スタートアップはベンチャーキャピタルから出資を受けますが、そのベンチャーキャピタルはLPから出資を受けて運営されています。スタートアップが資金調達の際にDD(Due Diligence/デューデリジェンス)を受けるように、ベンチャーキャピタルはLPから出資を受ける際にDDを受ける形になります。
このDDの際には、過去の投資実績なども対象となります。LPにはLPの方針があり、その方針に基づいてベンチャーキャピタルも出資を行う流れがあるため、スタートアップサイドとしては、「どこのベンチャーキャピタルから資金調達を行うか?」と同時に「どのベンチャーキャピタルがどこのLPから出資を受けているか?」についても留意しておくことで、より自社の事業と方向性の合ったベンチャーキャピタルから出資を受けやすくなるといえるかもしれません。
こうした点をふまえると、デザインに対してLPやベンチャーキャピタルがどのようなスタンスや観点を持っているかによって、その後の投資にも影響があると考えられます。ベンチャーキャピタルがデザインに対して高い意識を持っている場合であれば、デザイン事務所との連携やデザイン関連の予算をある程度、念頭に置いている可能性が高いでしょう。
さらにいえば、LPがスタートアップの成功につながる要素として“デザインの価値”に対して高い意識を持つようになれば、ベンチャーキャピタルやその出資先であるスタートアップのデザインに対する意識も、さらに高まるはずだと考えられます。
今回はスタートアップの特徴や投資トレンド、資金調達とデザインとの関係について、あらためて整理してきました。次章以降では、こうした特徴を持つスタートアップにデザインがもたらす効果や効能について、紹介していきたいと思います。
2021年10月7日 Final Aim 朝倉雅文